「猫の詩や短歌って、どんな作品があるの?」
そんな疑問を持つ方に、萩原朔太郎、室生犀星、北原白秋といった日本を代表する詩人たちが紡いだ猫の詩と、石川啄木、佐佐木信綱、斎藤茂吉による印象的な猫の短歌をご紹介します。
夜の闇に浮かぶ黒猫の幻想的な姿、人間を見抜く洞察力、青い猫との機能的な触れ合い—多彩な猫の魅力が詩的言語で表現された珠玉の作品の数々。
猫文学の世界へご案内いたします。
猫にまつわる詩 3選
猫は古くから多くの詩人に愛され、その神秘的な姿や自由な生き方が詩的インスピレーションを与えてきました。
ここでは、日本を代表する詩人たちが描いた印象的な猫の詩を3つご紹介します。
萩原朔太郎『猫』
萩原朔太郎の『猫』は夜の情景と猫の不思議な対話を描いた作品です。
まっくろけの猫が二匹
なやましいよるの屋根のうへ(上)で
ぴんとたてた尻尾(しっぽ)のさきから
糸のやうな(ような)みかづきがかすんでいる
『おわあ こんばんは』
『おわあ こんばんは』
『おぎゃあ おぎゃあ おぎゃあ』
『おわああ ここの家の主人は病気です』
黒猫二匹が屋根の上で交わす奇妙な会話と、その先にある病の影。猫の声を「おわあ」「おぎゃあ」と擬音で表現し、月の光が猫の尻尾から糸のように伸びる幻想的な情景が印象的です。
朔太郎特有の象徴主義的手法で、猫を通して人間の孤独や不安、死への恐怖といったテーマを暗示しています。
夜の闇と猫の黒さが重なり、そこに浮かぶ三日月の光が神秘的な雰囲気を醸し出す一方で、最後の「この家の主人は病気です」という一節が読者に不安を残します。
この詩は日常に潜む不気味さと美しさを同時に描き出した傑作です。

何度も何度もこの詩を反芻すると、その情景が目に浮かびます。
恐ろしいような・・・でもかすかに愛情も感じられるような・・・
そんな気がしませんか?
萩原朔太郎 プロフィール
萩原朔太郎(1886-1942)は日本の近代詩を代表する詩人です。
群馬県前橋市出身で、象徴主義・表現主義的手法を取り入れた独自の詩風で知られています。
代表作『月に吠える』は日本の近代詩に革命をもたらしました。他にも『青猫』『氷島』など多くの詩集を残し、その斬新な表現は今なお多くの読者を魅了しています。
室生犀星『猫のうた』
室生犀星の『猫のうた』は猫の特性を人間と対比しながら温かく描いた作品です。
猫は時計のかはりになりますか。
それだのに
どこの家にも猫がゐて
ぶらぶらあしをよごしてあそんでゐる。
猫の性質は
人間の性質をみることがうまくて
やさしい人についてまはる、
きびしい人にはつかない、
いつもねむってゐながら
はんぶん眼をひらいて人を見てゐる。
どこの家にも一ぴきゐるが、
猫は時計のかはりになりますか。
冒頭と結びに「ネコは時計のかわりになりますか」という問いを繰り返すことで作品に円環構造を持たせています。
犀星は猫が「人間の性質をみることがうまくて」「やさしい人についてまはる」「きびしい人にはつかない」と、猫の洞察力や直感的な判断力を称えています。
また、「いつもねむってゐながら はんぶん眼をひらゐて 人を見てゐる」という表現からは、猫の警戒心と観察力が伝わってきます。
この詩は、無用なものの有用性を問うことで、実は人間にとって猫がどれほど大切な存在であるかを静かに語りかけてくる作品です。

猫の存在そのものが愛おしくてたまらない!という気持ちがストレートに伝わってきます。
よほどの猫好きさんなんだろうな~
室生犀星 プロフィール
室生犀星(1889-1962)は石川県金沢市生まれの詩人・小説家です。
初期は象徴主義的な詩風で知られましたが、次第に「抒情小曲集」に代表される叙情的な作風へと移行しました。
小説『あにいもうと』『杏っ子』などでも高い評価を受け、詩と小説の両分野で活躍した稀有な文学者です。繊細な感性と独特のリズム感は日本文学史に大きな足跡を残しました。
なお、室生犀星は「猫好き」として知られており、愛猫「ジイノ」との写真も有名です。彼の作品には猫への愛情が反映されていることがわかります。
北原白秋『猫』
北原白秋の『猫』は官能的かつ神秘的に猫との触れ合いを描いた作品です。
夏の日なかに靑き猫
かろく擁(いだ)けば手はかゆく、
毛の動(みじろ)げばわがこころ
感冒(かぜ)のここちに身も熱(ほて)る。魔法つかひか、金(きん)の眼の
ふかく息する恐ろしさ、
投げて落(おと)せばふうわりと、
汗の緑のただ光る。かかる日なかにあるものの
見えぬけはひぞひそむなれ。
皮膚(ひふ)のすべてを耳にして
大麥の香(か)になに狙(ねら)ふ。夏の日なかの靑き猫
頰にすりつけて、美くしき、
ふかく、ゆかしく、おそろしき――
むしろ死ぬまで抱(だ)きしむる。
「夏の日なかに靑き猫」という冒頭から、一般的な猫のイメージを覆す「青い猫」という表現で読者の想像力を刺激します。
猫に触れた時の「手はかゆく」「身も熱る」といった描写は、猫との身体的な接触がもたらす感覚的な体験を鮮明に伝えています。
また「金の眼のふかく息する恐ろしさ」「ふかく、ゆかしく、おそろしき」といった表現からは、猫に対する畏怖と愛着が混在した複雑な感情が読み取れます。
白秋は猫を通して、日常に潜む神秘や美、そして畏れを繊細な言葉で紡ぎ出し、最後に「むしろ死ぬまで抱きしむる」と結ぶことで、その魅力の虜となる心情を表現しています。

猫がいる日常と非日常、猫がもたらすもの・・・ネコへの愛情や畏怖が伝わってきます。
猫と言う存在に一目置いているのでしょうか。
北原白秋 プロフィール
北原白秋(1885-1942)は福岡県柳川出身の詩人・歌人です。
初期象徴主義から出発し、童謡や短歌など多彩なジャンルで優れた作品を残しました。
『桐の花』『思ひ出』などの詩集のほか、『赤い鳥』誌上で発表した童謡「からたちの花」「この道」は日本の心の歌として今も親しまれています。
日本の伝統美と西洋の新しい詩法を融合させた白秋の詩は、日本近代詩の礎を築きました。
猫にまつわる短歌 3選
古今東西、猫は多くの歌人たちに愛され、短歌の題材として親しまれてきました。
その姿は時に愛らしく、時に神秘的で、様々な表現で詠まれています。
ここでは、特に印象的な猫の短歌3首を紹介し、それぞれの魅力を解説します。
石川啄木「猫の耳を引っぱりてみて」
猫の耳を引っぱりてみて、にゃと啼けば、びっくりして喜ぶ子供の顔かな。
この歌は石川啄木の歌集『悲しき玩具』に収められた一首です。
啄木が飼い猫の耳を引っ張ったところ、猫が驚いて鳴き、それを見た子どもが喜ぶという日常の一場面を切り取っています。
単純な言葉で詠まれていますが、そこには家族の温かな交流が感じられます。
特筆すべきは、この歌の焦点が猫そのものではなく、猫の反応に喜ぶ子どもの表情に置かれていること。
口語体で軽やかに詠まれながらも、結句の「子供の顔かな」に切れ字が用いられ、子どもの表情の豊かさが強調されています。
猫と人間の関係性が生み出す幸せな瞬間を捉えた名歌です。

猫と家族と・・・温かな家族関係が目に浮かぶようです。
ここに登場する猫さんは、すっかり家族の一員なのですね。
収録書籍
歌集「悲しき玩具」。
1912年に刊行され、身辺雑記的な口語短歌が多く収録されています。
石川啄木 プロフィール
石川啄木(1886-1912)は岩手県出身の歌人・詩人で、代表歌集に「一握の砂」「悲しき玩具」があります。
生涯わずか26年ながら、口語自由詩のパイオニアとして日本文学史に名を刻みました。
「啄木忌」として毎年追悼行事が開かれるほど今なお人気がある歌人です。
佐佐木信綱「顔よきがまづ貰われて」
顔よきがまづ貰われて猫の子のひとつ残りぬゆく春の家
短歌結社・竹柏会を主宰した佐佐木信綱によるこの歌は、春に生まれた子猫たちが可愛らしい順に貰われていき、1匹だけが残されるという光景を詠んでいます。
「ゆく春の家」という表現からは寂しさと温かさが同時に伝わってきます。この残された1匹の子猫を、作者がやさしく見守っている様子が想像できるのも魅力です。
読者は自然と、この最後の1匹がこの家で幸せに暮らすことになったのかもしれないと想像をめぐらせます。
シンプルな言葉で綴られていますが、その奥に季節の移ろいと生き物への愛情が感じられる、情感豊かな作品です。

猫が生まれ、見た目がよいものからもらわれていく・・・最後に残った一匹は?
そんな想像に駆られます。
春は恋の季節、新しい命の季節ですね。
収録書籍
信綱の作品は、彼が主宰した「竹柏会」の機関誌などに掲載され、後に遺稿集としてまとめられました。
佐佐木信綱 プロフィール
佐佐木信綱(1872-1963)は三重県出身の歌人・国文学者で、明治から昭和にかけて活躍しました。
歌人一族の出身で、孫の佐佐木幸綱も著名な歌人です。
竹柏会を主宰して多くの歌人を育て、「新訓万葉集」などの研究書も残しています。
日本の伝統短歌の継承と発展に大きく貢献しました。
斎藤茂吉「街上に轢かれし猫は」
街上に轢かれし猫はぼろ切か何かのごとく平たくなりぬ
アララギ派の中心的歌人であった斎藤茂吉のこの歌は、車に轢かれた猫の無残な姿を徹底したリアリズムで詠んでいます。
1934〜35年頃に詠まれたものですが、現代的なニヒリズムを感じさせる作品です。
茂吉は他にも「猫の舌のうすらに紅き手ざはりのこの悲しさを知りそめにけり」といった猫の短歌を多く残していますが、それらには生の儚さや悲しさが通底しています。
この歌からは、猫という生き物を通して都市の無情さや生命の脆さを表現した茂吉の鋭い感性が伝わってきます。
美しさだけでなく、時に残酷な現実をも直視する茂吉の歌人としての姿勢が表れた作品といえるでしょう。

なんと・・・絶句してしまいました。
生きていくことの厳しさがストレートに伝わってきます。
命と日々向き合っているから作者ならではの、この短歌なのでしょうか。
収録書籍
「赤光」に収録。
1913年に刊行された第一歌集で、アララギ派の中心的作品として高く評価されています。
斎藤茂吉 プロフィール
斎藤茂吉(1882-1953)は山形県出身の歌人・医師で、短歌結社「アララギ」の中心人物です。
代表歌集「赤光」「あらたま」「つゆじも」など多数あり、写生を重視した「アララギ派」の確立に尽力しました。
正岡子規の写生理論を発展させ、「生活写生」の手法で日本短歌に大きな影響を与えました。
自らの医師としての経験も歌に詠み込んだことでも知られています。
猫にまつわる詩・短歌 3選 まとめ
● 猫は詩人たちに神秘や自由のインスピレーションを与えてきた
● 各詩人は象徴主義や叙情性など独自の手法で猫を表現している
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